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ポーンポーンと軽やかな音色に導かれるようにやってきたのは、なんとロシアの私室(の一つ)だった。扉越しから聞こえる曲はエリーゼのためにという無難な選曲だが弾き手の非凡さを感じるには十分な曲だ。
「(意外だな)」
こうゆう事には興味のない奴なんだと勝手に思っていた、が良く考えればこの国だって芸術には特筆すべき点を多く持つ国なのだ。本人からそんな雰囲気を感じないだけで。
扉に背を預けて、言われた本人からしてみれば自分だけには言われたくないだろう事を心中で呟いてプロイセンは目を閉じる。音に集中すれば、まだ少し雑さが残っている指使いに気付いてそこが少し可愛かった。作曲者が愛した女性のために作った曲を弾くにしてはその音にはあまりにも寂しさが込められていて、どこかに救いを求めるような響きにまたも意外性を感じる。いつだって音は正直だ。
流れるような音色ながらやはり所々に強引な力を感じて、違和感。聞きなれた音(この場合比較対象でもある)との差は大きく、考えれば誰だってアイツの神々しいまでの音楽に愛された才能に叶うわけがないと、一つ溜息。
ふと音が切れる。あぁ、もう終わったのか。と自世界に潜り込んでいた意識を外へと傾けた。それと同時に浮遊感。背にしていたドアが開かれたのだと気付いたのは、この部屋の、この家の主の腕の中へすっぽりと収まってしまった後だった。
「やあプロイセン君」
「よ、よう」
腕に体を押さえ込まれて、見上げる形で寂しがり屋の弾き手の顔を見れば紫色にイタズラが成功した子供のような幼さが垣間見える。次に何を起こすのか分からない幼さに基づいた未知が若干の恐怖を煽るが生憎とそれに負けるほどやわい神経はしていないので。此方から驚きの表情が完全に消えたのを悟ってかロシアは腕を解いた。その隙に一歩ほど距離をとる。
「お茶でも飲まない?」
紡がれた一言が意外で、断るタイミングを失った俺はそのまま部屋に連れ込まれた。
* * *
「どう?」
「別に悪くはねえよ」
出されたのは紅茶、伝統的なロシアンティーというやつだった。やたらにジャムの種類が多いのが気になったが個人の趣味にまで口を出すつもりはない。無難にストロベリーを選べば驚いた顔をされた。この紅茶に何が合うかなんて分からないので適当に選んだのだ。それに元来自分はコーヒー派である。
「イチゴ、好きなの?」
「嫌いじゃないな」
あぁ、でも小さい時のルーイは確か好きだったぜ、と喉元まで出てきた言葉を紅茶を飲むことによって掻き消した。こんなことうっかり喋ってしまったら間違いなく機嫌を損ねてしまう。ご機嫌取りなんて柄じゃないが、機嫌を損ねて後悔するのは自分なのだ。弱体化した自分を更に弱めるようなM要素など俺は持ってないからな。ふーん、とさして気にした様子も無くロシアは紅茶をすすっている。寒い土地に合った温かく甘い飲み物は冷めた体を癒すには十分だった。
「君が来るなんて意外だったよ」
俺はお前が弾けるなんて意外だったよ、と返して紅茶を流し込む。君が、ということは他の誰かが来るのを待っていたのだろうか。もう誰も居ないこの家で。姉も妹も、部下だった3人組も居ないこの家でロシアは一体誰を待っていたというのか。プロイセンは窓から部屋に入ってくる暖かさを表面に纏っただけの太陽の光を睨む。色が変わってからというもの、光にめっぽう弱くなってしまった瞳が煩わしい。っち、と意識せず舌打ちするとロシアは立ち上がって薄いカーテンをかけた。椅子に腰掛ければまた沈黙が降りる。それを破ったのは意外にもロシアの方だった。
「前はね、弾いてれば誰かしら来てくれたんだ」
興味を持ったラトビアとか、ビックリしたリトアニアとかね。姉さんは僕の弾くピアノのが好きだって言ってくれたんだよ。特に答えることも無いので俺は紅茶を再び喉に送る。俺の沈黙を肯定ととったらしいロシアは右手に持っていたティーカップを皿の上において再び続けた。
「だからね、弾いてればまた誰か来てくれるんじゃないかなって思ったんだ」
別に本当に誰かが来てくれることを望んだんじゃなくて、気がまぎれればそれでよかったんだけどね。まさか、君が来てくれるだなんて思わなかった。君、音楽とか興味なさそうだったから。
勝手に己のイメージを語るロシアに対してプロイセンは互いに考えることは同じかと妙な同族意識をもって応えた。ならばと口を開く。
「お前さ、調律ちゃんとやってんのか?」
気になっていたことだ。絶対音感など持っていないから長年の勘としか言い様がないが先程の曲の際音のずれを感じた。DとGの音が少し違っていて両方とも少し低かった、そんな気がした。
「・・・そういえば最近あんまりやってない、かも」
「だったらちゃんとやっとけ。音ずれてんぞ。多分DとGだ」
「РеとСольね、分かった」
君ホントに音楽やる人間なんだねぇ、としみじみと呟かれプロイセンは自分の顔が若干引きつったのを感じた。まずい、明らかに何か企んでやがる。飲みきったティーカップを置いていかにしてこの部屋を出るか思索し始めたその直後「ねぇ、プロイセン君も弾いてみてよ」と、とりあえずは予想の範囲内の言葉が音となって届く。
「いや「ね?」」
にっこりと微笑まれ、拒絶を許さないような強い光のその奥に微かな期待を感じ取ってしまい、そうなってしまえば断ることなど出来なかった。あー、俺あーゆう目に弱いんだよなぁ、となんだか悲しくなってくる。「あんまり期待すんなよ」と一旦前置きし黒の貴婦人の下へ歩く。楽譜なら横の棚だよ、と指された本棚にはぎっしりと楽譜が並んでいた。が、初見などという器用な真似など出来ない俺には要らないものだ。「相変わらず暗譜だけは得意なんですねぇ」どこかのお坊ちゃんの小言が聞こえてきそうだった。
正直言ってこの鍵盤に触れるのは何世紀かぶりの話である。最近は忙しさと疲労とで音楽と関わることなど無かったし、最愛の弟と別れ、此処に来るまではフルートの方ばかり吹いていた。あぁ、家で勝手に弾きまくっている奴ならいたが。
ポンポンと軽く鍵盤を叩けば、自らの音の薄っぺらさに嫌気が差す。けれど久しぶりの音になんとなく気分が良くなって、まずは簡単な曲から指慣らし。自らの性格を表したかのように荒々しい弾き方しか出来ない自分だが、親父にみっちり仕込まれたからそこそこは弾けるつもりである。
そういえばアイツも俺やロシア同様音に心境がそのまま出るタイプで、体調に関してはそれが如実だったことを思い出す。微かな指使いの差から現れる音の違い。表面を幾ら繕っても音の豊かさまでは誤魔化すことなど不可能だ。よく笑ってやったっけな「お坊ちゃん、体調不良には気をつけろよ」と。そういえば、と連想ゲームのように意識は広がっていく。黒白から生まれる音に絡めとられた心は懐かしい顔を思い出させた。
革命でこの家を出て行った彼女は、無事にお坊ちゃんと出会えたのだろうか。まあ、強いあいつの事だ、向こうが迎えにこれなかったとしても自分で見つけられるだろうが。遠い存在となった(元々近い存在でもないが)若草色を少しだけ、羨ましく思った。
「向こうで待ってるわ」と歌うような声で鉛色の分厚いカーテンの向こう側へと駆けて行った女。颯爽と飛んでいくようなその姿が本当に羨ましかった。もう自分にはそんなこと出来なかったから。飛んでいく為の翼など当に折れていたから。
曲のレパートリーがそろそろ限界だと思ったとき、聞こえてきたのはすーすーという穏やかな寝息。ったく何やってんだか、と立ち上がって自分の上着をかけてやる。随分と絆されてしまったものだとプロイセンは一人自嘲した。最初はあれほど嫌っていたというのにいつの間にかその感情は飽和して、こいつの事がほって置けなくなって、そして・・・。変わってしまった色に対する受容がその証明であるような気がした。けれど今更後悔しそうな自分を許すわけにはいかない。だってもう、俺にはこいつしかいないのだから。
「Gute Nacht」
かつて弟にしたように、今では決して自分からすることのない口付けを落として、プロイセンは部屋を出た。
寝たふりだった部屋の主がその驚きでティーカップを割ってしまったのはまた別の話。
・とりあえず過去作品その1。
甘えられることに弱いプーちゃんと甘えさせてくれる人に弱い露様、っていうのが露普の基本。
んでもって甘え下手なプーと甘えさせ下手な露様も基本。カリグラなプーは公の場ではロシア語でそれ以外はドイツ語を喋ってる感じです。
この二人(特に露様)がピアノを弾けたら可愛いな、という話でした。予想外に墺さんが出張ってる・・・。
