あの頃のままに優しさだけを乗せて紡がれる名前。ねぇ、俺はどんな風に貴方の名前を呼んでたっけ? ―只今休止中
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夕焼けの屋上。夕方特有の冷気が肌を撫でる。「さんよう」呼ぼうとした声は喉で詰まって音を成さなかった。ほんの数時間の出来事だった。ひとつの命が消えるまで。その時運悪く山陽は研修で大学の病院に行っていて。連絡して、戻ってくるまでの1時間、灯は消えた。病状の悪化は読めない。病は肺ガンだった。最初の摘出は私が担当して、一旦は落ち着いたものの、再発。その時には転移が進んでいて、末期だった。耐性がついてしまったがために、抗がん剤は効かず、ヒルモネの微妙な管理を山陽が行っていた。高齢の男性で、山陽や私も含めて接する面々を孫のように可愛がって下さっていた。優しい、穏やかな方だった。「山陽」響くように声を出す。「…すぐ、戻るよ」こちらを見ずに答えが返ってくる。「すぐ、戻るから…」再び紡がれる言葉。独りになりたい時もあるだろう。けれど、痛みは背負うものでなく分け合うべきものだ。でなければ寂しいだろう、特にお前は何でも背負い込んでしまうから。隣に並んで手に触れる。すると、ずるずると座り込んだので、それに合わせてしゃがみ込む。伏せてしまって表情は読めない。小刻みに震える肩を抱き寄せて、あやすように背中を撫でる。お前はよく頑張ったよ。言葉にするのは容易だが、全てが言葉で伝わるわけではないのだ。この触れ合う体温が山陽の中で力にかわることを祈る。撫でる手から、抱き寄せた肩から、傷を癒すことが出来たなら。一つの命が消えたのを一人で平然と背負い込めるほど私達は出来た人間ではない。医者も人間なのだ。それを忘れたら私達は…。しかしながら、立ち直りを緩やかに待てる程、この場所は穏やかでは無い。ポケットでPHSが鳴る。これが鳴るときはだいたい急用だ。急いで取れば看護師の秋田の声。「東海道、すぐ戻って。急患だ」「容態は?」「20代男性。バイク事故。肋骨が折れて肺に刺さってるみたい」「わかった。山形を呼んでおいてくれ」「もう呼んであるよ」「流石だな、すぐ行く」「よろしく。ついでに山陽に早く戻ってこいって伝えといて、まだ仕事残ってるんだから」「了解」PHSを切る。「だそうだ、山陽」「はいよ」ようやくあげた顔はまだ少し暗く、引きずっているものの多分大丈夫だろう。もうすぐ今日一日も終わる。明日は休みだから二人で飲み明かせば良い。それでも苦しければ二人で溺れればいい。そうして二人で生きていこう。そうだろう、山陽?深呼吸と同時に山陽が両頬を叩く音が響く。医者が落ち込んだ顔をしてはいられないのをよく理解しているから。「よし、戻るか!」「あぁ」「あ、東海道、次手術頑張れよ」「お前に言われるまでもない」では戻ろうか。私達のいるべき場所へ。
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