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あの頃のままに優しさだけを乗せて紡がれる名前。ねぇ、俺はどんな風に貴方の名前を呼んでたっけ? ―只今休止中
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・大好きな破滅論
ちょっと今までとは雰囲気の違う医者パラレル陽東。ぼーいずらぶっぽい話を目指してみた。恥ずかしい。しかしこの人達昼間から何してるんですかね。これ医者パラレルである必要はなかった気がする。

・出来れば死を奪う
オケパラレル。私得でしかない。もう少し話を膨らませてみたい設定ではある。

・奴隷の育んだ刃
オケパラレル2。私得いぇーい。アルとアーサーの関係とかアルの心情なんかが書きたくて。この設定はまだ書けそう。まずはリハビリ。

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ものごころついたころから、この音はいつだって側にあった。うちの両親は至って普通の人だったけど従兄弟のカークランド家は揃いも揃った音楽一家。それも天才という形容詞が相応しい才能を持った存在だった。歳が近かったのもあってか俺達双子が仲良くなったのは2つ年上のアーサーで、小さい時はよくアーサーの家である広い屋敷でかくれんぼやら鬼ごっこやらをしたものだった。
この頃はただ純粋にアーサーのヴァイオリンが、その音が好きで、隙をみては弾いて弾いてとせがんだ。アーサーはアーサーで俺は唯一ヴァイオリンを楽しんで披露出来る相手だったんだと思う。神童として華々しくデビューして、両親兄弟からの悪意にすら近いプレッシャーに押し潰されそうな時期だったらしい(って菊は言ってた)から、周りからの評価も視線も何も気にしなくていい自由な演奏を出来たのは俺の前だけだったってことだ。そんな音を聴いていてしまった。それが良いことだったのか悪いことだったのかは正直分からない。俺は白黒はっきりしたいタイプなはずなのにね。
アーサーに憧れてヴァイオリンを始めたのはそれからすぐだ。始めた年齢としては決して遅い訳じゃない。けれど、俺はすぐ壁にぶつかった。
音が違う。
俺が弾きたいのはこんな音じゃない。聞き慣れたあの音に辿り着けない。そして今でもそれは俺を悩ませる。生きた音。その生々しいまでの響きと躍動感。アーサーによって奏でられたその音が耳にこびりついて剥がれない。

「だから俺はヴァイオリンを弾いてると苦しい」

それでも俺は音楽から、この楽器からは離れられないんだ。

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音楽家にはそれが出来る、そうあるべきだ、と俺は思う。譜面から分かる彼等の思い、当時の音楽性から分かる彼等の意図、人物像からわかる彼等の癖。五感で感じる曲調。曲は生き物であり、作曲者の生きた魂のようだ。

朝。誰もいない客席と誰もいないステージの上で一心不乱に音だけを追う。相棒のヴァイオリンで理想の音へ近づいていく。曲目は午後からの定演で演奏する第九。うちは四年に一度第九を演奏するのが習慣で、この大学に入って三年目にしてようやく回ってきたのだ。音響の良いステージはやはり違って、普段の練習も良いが、たまにステージのこの響きを感じたくなる。最終楽章まで一気に弾き切ってヴァイオリンを降ろすと、軽やかな拍手がひとつ。

「お早いですね、アーサーさん」
「おまえもな、菊」

いつの間にか客席の一番奥にオーボエの菊が来ていた。俺が演奏に夢中になっていた点を考慮しても、こいつの気配無さは異常だろう。急に現れるのには未だに慣れない。

「いつからいたんだ?」
「最初から」
「………」
「冗談です。最終楽章あたりからですよ」

全く気づかなかった。聴かせるつもりでない音を聞かれるのは少し恥ずかしい。しかし珍しい。俺は演奏会の日は早く来ることをジンクスみたいにしてるからこの時間からいるが、菊は来る早い方だがここまで早い時間帯には来ないはずだ。

「流石ですね」

思わず聴き入ってしまいました、そう言う彼は客席からゆっくりこちらへ向かってくる。どうやら楽屋に寄らずにここへ来たようで荷物を持ったままだ。ステージ端の階段を登って音一つ無く自分の場所へ。ちなみに俺も自分の指揮者台横の指定席にいる。
菊と話すのは久しぶりだ。ここ最近は弦楽器の連中(特にアル。昨日のゲネプロでも温度変化のせいで弦が外れて一騒動だった)と一緒にいることが多く、専攻も違うので授業でも会うことは無かった。丁寧に組み立てられていく楽器を眺めつつ考える。最後に話したのはいつだっただろうかと。そして気付いた。

「菊」
「はい」
「すまない」
「…どうかしましたか?」
「いや、ここ最近全然話していなかったなぁと…」
「あ、気づかれましたか。でも大丈夫ですよ」
「?」
「私も今朝気付いたんです。お互い様ですよ」
「…そうか」

まぁ、お互い定演の事で頭が一杯だったということだろう。なんといっても一大行事なわけだしな。弦が弦で練習していたように管は管で練習があったわけだろうし。ん?今朝気付いた…、ということは。

「なぁ、菊」
「はい」
「今日は、随分早いんだな」
「そうですね」

あぁ、やっぱり。声こそ普通だが楽器を組み立てる指が微かに震えたのを俺は見逃さなかった。菊は最近俺と話してない事に今朝気付いて、そして俺が朝早く来てることを知ってる。つまり。

「菊。明日、どこか行こう?」
「…、美術館が良いです」

行きたい展覧会があるんです、と嬉しそうに笑った。なら決定だ。楽しみだな。話すのが久々なら、二人きりで出掛けるのも久々だ。
楽器を組み上げた菊が、リードを水から出して軽く吹く。特有の音が鳴って、それを差し込んだらオーボエは完成だ。

「音合わせします?」
「だな。頼む」

まだまだ皆が来るまで時間がある。明日の前に今二人で音楽を楽しむのも悪くない。聞こえてきたAの音は正確で美しく、それを頼りに先ほど弾いている間に多少ズレてしまったのを調整する。ネジを閉めて緩めて、弓で弾いて、手元で微調整。ぴたりと合ったところで他の音も合わせていく。
明日の事よりもまずは今日の演奏会。お互い思いは一緒のようで、直ぐに譜面と向き合って俺達は音を奏でた。

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穏やかな午後。珍しく二人揃ったオフ。折角だし買い物に出ようかとも思ったがいまいち乗り気にならなかったようなので家でゆっくりすることにした。昼食を終えて、少し仕事がしたいと東海道が部屋からパソコンを持ってきたのが30分程前。リビングのローテーブルで仕事をする東海道とその後ろのソファーで本を読んでいた俺。カタカタと鳴るキーボード。一定のリズムのそれはいかにも東海道らしい。背筋の伸びた綺麗な姿勢、基本完璧主義で集中力が高い東海道は仕事を始めるとよっぽどの事でないと動じない。そうするとちょっとばかり悪戯がしたくなるもので。

「れい」

ここ何年もこういった普通の時には呼んでいなかった(どんな時に呼んでいるかは察してほしい)下の名前。まぁこんなことじゃ動じないわなと、次の手を考え出そうとしたところで気づく。キーボードの音がしない。

「…」

おや?と思う。残念ながらこちらからは後ろ姿しか見えないが、耳は真っ赤だし、肩も震えている。もしかしなくても大成功だったりするのだろうか。

「れい?」

駄目押しでもう一度。今度は声を少し低くして。

「っ!」

きっ!と振り返った東海道に睨まれる、がしかし顔は真っ赤で涙目と来れば迫力なんかあるわけもなく。何か言おうとしている口はぱくぱくと意味無く動くだけ。

「ごめんごめん」

とりあえずは謝ってみるものの、頬が緩んでいる自覚はある。東海道のほうは結局言葉が出てこなかった様で口を閉じたが、顔は赤く涙目もそのまま。こんな東海道を見るのは久々だ。あぁ、可愛いな、なんて口にしたら拳が飛んできそうな事を思ったりする。

「悪かったって」

ほらこっち来いよ、と自分の横を叩く。素直に従ってくれるあたりも珍しい。ぽすんと隣に落ち着いて体育座り、そのまま膝に顔を埋めてしまった。赤い顔を隠すためなんだろうけど、耳が赤いから意味がない。

「…なんで、いきなり名前など呼ぶんだ」

驚いたではないか、なんて言ってるけど本当は違うよね。まぁ、それもあるんだろうけどただ単に恥ずかしいだけだ、多分。そーいや、こうやって一緒にいるのも久しぶりだし。

「たまにはいいかなぁなんて思ったんだけど、駄目だった?」

ねえ、顔あげてよ。少し下手に、寂しい様に言うのは基本兄気質な東海道には有効だ。

「その顔は狡いぞ…」

本人も自覚はあるようで、少し困った顔になる。それすらも恋人の特権だと思えるんだから大概だ。好きだなぁ、という衝動に任せて肩を抱き、額に口づけをひとつ。「好きだよ」

耳元に口を寄せて囁く。耳弱いんだよね、東海道は。

「私も、だ」

どうやら久しぶりの休暇に舞い上がっていたのは俺だけじゃないってことらしい。細身の体を押し倒し、目を合わせて今度は唇にキス。段々と深くして、くたりと体の力が抜けた所で一旦離す。

「っ、のぞむ…」

甘くなったテノールで呼ばれることのなんと甘美なことだろうか。足りない、と雄弁に語る黒耀石の瞳に同じ様な顔をした自分が映る。たまには良いよな、こんな日も。珍しい零からのキスに深く深く溺れるような愛を感じて、いっそこのまま二人で沈んでしまおうと更にこちらから深く口づけた。

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・企みの公開処刑
陽東以外の医者パラレルの話も書こうと思って最初に思い付いたのがこの話でした。でも内容は大分脱線。北陸先生は子供から人気だけど上越先生は子供から怖がられてるって話を書きたかったのに脱線したからリベンジしたい。

・沈黙は平和を許さない
やっぱり医者パラレル。やっぱり陽東。

・墜落までに幸運を掴め
とある人達の話。

・手鏡に読む別れ
最初はイメソンがあったけど途中から脱線。仏英が好きです。

・凍傷は微笑む
いや、もうこれは露普しかないでしょう。凍傷って具体的にどんななのかを調べたら燃え上がった。やっぱり露普が好きです。

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同士達が一人二人と少なくなり始めた頃。しばしば手足の先が疼くような痛むようなそんな感覚に襲われるようになった。それは時に痛みを伴ったが、気にすることはしなかった。何せこの先は分かりきっていたので。黒みがかり皮膚が爛れた手を説明するのが面倒だから手袋を着けた。着け慣れた黒皮のそれは手にしっくりきたんだろう。大して感覚は残って無かったが、日常生活に支障は無かった。足は靴でいくらでもごまかせた。手袋をつけだした頃、ロシアが不思議そうな顔をした。
「ねぇプロイセンくん。なんで家の中でも手袋つけてるの?」
「別に理由なんてねぇよ」
「ふーん、ならいいよ」
それ以上の詮索は無かった。勘が良いのか興味が無いのか必要以上のことに口をだしては来ないし、馴れ合いもない。思いの外ロシアの隣は居心地が良かった。

「手、冷たいね」
それから少しして。書類を渡す時に言われた一言。やはりロシアは勘が良いらしい。確信がある目をしている。分かっていながら、こちらの動きを伺っている。面倒な男だ。だが言い逃れの道を残している辺り面倒なことが嫌いな面倒な男なのだろう。
「手袋が冷たいだけだろ」
言い放つと「そう」とロシアは呟いた。自身の想像が当たっていたのを理解した、そうゆう目に変わっていた。あぁ、これだから。勘がいいやつは嫌いなんだ。
「…どうしてほしい?」
嫌な笑顔だ。悪戯を思い付いた子供のような、それにしてはあくどい顔をしている。
「随分と上から目線なことで」
「…掻き回してもいいんだ?」
それはあれか、「これ」をではなく、俺の精神をか。この期に及んで良い趣味してやがる。
「断る」
「…なーんだ、残念だなぁ」
お前のSっ気なんぞに付き合ってられるか。大体そこで肯定するやつなんかいるかよ。馬鹿馬鹿しい。
「まぁ、何だっていいけど。色々気をつけてね」
はいどうぞとサインが書かれた書類が戻ってくる。これで終わりだ。存外しっくりきたこいつの隣も今日でお別れ。清々する。
「それじゃあこれから大変でしょう?頑張ってね」
「お前に言われるまでもねぇよ」
「痛みは覚悟の上なんだ?」
「当たり前だ」
「そう…。彼には気をつけて。全く気付いてないよ」
「そのほうが有り難い位だな」
ちょっと鈍いくらいが色々楽なんだよ。一々説明してたら面倒だろ。じゃあな、と背を向けてドアノブに手をかける。
「君ならいつ帰ってきても歓迎だよ」
「冗談だろ?俺は今から帰るんだ」投げ掛けられた言葉。突き返す言葉。扉を開けて部屋を出る。続けようと思った言葉は飲み込んだ。「まぁ、たまになら遊びにきてやらねぇこともない」なんて先を約束する一言など俺が言えるわけないのだ。

門の向こう、弟の姿が見える。近づいて行くほど溶かされる感覚に痛みが湧く。酷い痛みだ。この痛みが嘲笑っている間、どちらに転ぶかはこいつ次第。俺に選択の権利は無い。元に戻るのもこのまま壊死するのも。けれどそれに気付いては欲しくないのだ。無理をすればどこかで綻びが生じる。人も国も一緒だ。
「兄さんっ!」
少し上げなくてはいけなくなった目線、逞しくなった体つき、聞こえる声の力強さ。全てはこのためだったと思えば何もかもこれで良かったのだと思える。それだけで幸せなのだと、この痛みさえ意味があるものだと思えるのだ。

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何もかも、俺のせいで良い。お前の心がここに無いこと位わかってたよ。お前の思いがあいつにしか向いてないように俺の思いもあいつのものだった、ただそれだけだ。お互い長い歴史の中で出会った一人の存在の為だけに。不器用なことだ。唯一の存在だけを思いながら生きていくことの出来ない、不器用な人間のようだ。別れしかない出会いなど最初からなければいいのに、そう強く思えないのは何故なのだろう。どちらにしても幾度目かとなる別れを辛く思うのはやはり不器用なことだ。

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まだ世界が二人だけだった頃。ぬるま湯のような優しさと永遠を信じさせてくれた穏やかな時間。幼い俺達の精一杯の自己防衛と唯一の特別。ただ一言、「誰も入れないで」、そう素直に言うことが出来たら、今でも世界は俺達二人だけだったのかな?目を伏せるとつくりものみたいに美しいことも、実は寂しがり屋で甘え下手なことも、普段は案外大人しいことも、人見知りで知らない人と話すのが怖いことも、俺だけが知っていたことなのに。別に失ったわけでも変わったわけでもないんだ。ただ、俺と彼だけだった世界には沢山の人が増えた。それは良いことだったんだと今ならはっきりと言える。もし、という言葉を貴方は嫌う。絶対、永遠、という言葉も嫌う。全てを否定したくないから、そう言って泣きそうな顔で微笑むから。その黒ばかりの瞳に口づけを。掴んだ幸せを、手に入れた幸せを、手放すことなど出来ない。貴方と一緒ならどこへでも、どこまでも。

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静かな朝だ。昨夜の慌ただしさが嘘の様に、しんと静まりかえっている。早朝特有の朝日の眩しさでもうすぐ通常の診察が始まる頃合いだと理解する。ソファーの上、仰向けで見上げる天井はいつも通り白い。「東海道、大丈夫か?」優しく鼓膜を揺らしたのは山陽の声。疲労からか起き上がることは出来ず、声を出す気力も残ってなかったので、手を挙げることで意志を伝える。大丈夫だと。しかし夜勤からの36時間労働は流石に身体や精神にくるものがある。「お疲れ。もう少しここで休んでて良いってさ」あぁ、良かった。このまま帰ったら恐らく途中で倒れてただろう。それくらい深刻な睡眠不足だ。「上越から聞いたぜ?すげぇ大変だったらしいじゃん」そうなのだ。夜勤は当たり日だったらしく次から次へと人が来て待合室が満員になってしまって、この時期だから扱いの難しいインフルエンザの患者が殆どで大変なのに、そこに交通事故で重傷が3人。人手不足が明らかだったから上越を呼び出して。そのオペが終わったと思ったら、今度は心筋梗塞の患者が運ばれてきてまたオペになった。このオペが酷く難しいもので、結局ここも上越との二人体制で乗り切った。その間にも緊急外来の患者はひっきりなし。重症のインフルエンザの患者には注意をはらいながら、着実に検診して。ようやく落ち着いた時には、日は昇りはじめていた。そして今に至る。あぁ、頭が痛い。夜勤だけであればこれくらいなんともないんだが、その前に大きいオペをこなしていたのが響いた。これで明日から大学病院で研修なのだから、嫌になりそうだ。「あ、東海道。お前飯食った?」「…食べていない。食欲など無い…」「その様子だと昨日から何も食ってないだろ、お前。コーヒーだけ飲んでたな」「…」図星だけに返す言葉が無い。どうしたってこんな日には食欲が湧かないのだ。目の前で一つ命の灯が消えてしまった日は。「ほら、おにぎり作ってきたから、これだけでも食べろって」ほい、と差し出されたのはサランラップに包まれた2つのおにぎり。小さめに作ってくれてるあたり、私用に朝わざわざ作ってきてくれたのだろう。「ん、」有り難くいただくことにする。よっ、という掛け声と共に隣に感じる温もり。暖かく優しい、穏やかさに満ちたそれに触れることでささくれ立った心が落ち着いてゆく。つかの間の休息。この時は長くは続かないとわかっていても、もう少しもう少しと思ってしまう。お疲れ様、お前は頑張ったよ。声にせずとも伝わる気持ちの嬉しさをどう表現すればいいのか。どうかどうかこの感謝の気持ちが触れる指先から伝われば良いと思った。

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小児病棟の昼休みは他の病棟に比べ賑やかだ。院内学級の低学年の子供達が楽しそうにしているのを見かけると安心する。「あ、ほくりくせんせーだ!」「せんせー!」「こんにちは。廊下は走らないでね」今にも駆け出し的そうな子供達だけれど、流石に院内の廊下を走らせる訳にはいかない。体を動かしたい盛りの子供達だけど、そのことによって体に異状をきたす可能性のある子だっている。その事実が少し切ない。「こんにちは、北陸先生。相変わらず大人気ですね」教室から顔を出したのはこの院内学級で働いているベテランの女の先生だ。「せんせー、あそぼうよ!」「いまおりがみしてたの!せんせーもつくろ?」「あー、ごめんね。先生今日は時間無いんだ。また、今度ね」遊びたい気持ちは山々だけれど、これから仕事があるから今は難しいんだよなぁ。「えー、なんでー!」「ぜったいだよ!ぜったいあそんでね!」ひしっ、と抱き着いて来た子供達の自分の腰辺りにある頭を撫でて、小さい子達は抱き上げる。教室に戻りながらも子供達はあーだこーだと話したり遊んだり言い合ったりと忙しい。どうかどうか、この子達が一人でも多く、ここから離れられますように。そう願ってやまない。子供達を全員教室に戻した所で、ポケットから呼出し音。「はい、北陸です」「あ、北陸?すぐ来て!急患!あと10分で到着だって」「了解しました」心配そうにこちらを見る子供達と眼が会う。「大丈夫だよ。じゃあ行ってくるね」なるべくにこやかに手を振って教室を離れる。確かこの時間帯は上越先輩は手術が入っていたはずだ。早歩きで院内を移動して、急患病棟へ。「遅くなりました」部屋には麻酔科の山形さんと秋田さんをはじめとした看護師さん達が控えていた。「患者は6歳の男の子、昼過ぎから急にお腹が痛いって言い出してるみたい。右の脇腹付近を押さえてる。母親も大分気が動転してるみたいだから誰かついていてあげて」テキパキと指示を出す秋田さん。流石の安定感だ。「じゃあ、あとはお願いね、北陸先生」「はい、任せてください」救急車の音は近くまで来ている。それに合わせて処置室は慌ただしくなっていく。一つ深呼吸。運ばれてくる子が重病でないことを願う。全ての子供が健康になってしまったら僕の仕事は無くなってしまうけど、それでも。昔の自分を思い出して頭を振る。余計なことは考えるな、僕は運ばれてくる子供の処置に集中すれば良いだけだ。「こちらにお願いします!」秋田さんの声と共に男の子が運ばれてきた。さぁ、頑張らないと。

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